スメールの気温は、隣国の璃月やその向こうにあるモンドと比べると、一年を通して温暖だ。他国と比べると季節感は薄いが、いわゆる冬はさすがにやや気温が下がる。
 すり、と。隣のセノが脚を擦り合わせた。
「寒い?」
  ティナリは、特に刺すような暑さが苦手だが、その分寒さには強い。対してセノは寒がりで、ひやりとした空気が充満する季節の雨林を移動する時はいつも黒いローブを着ている。この時期の雨林はセノにとっては寒いだろう(着込めばいいのではないかとティナリは常々思っているが、あの恰好が持つ意味をセノから聞いて知っているため、最後に「着込め」と言ってからは随分経った)。
 ガンダルヴァー村もその例に漏れず、ティナリからするとまあ僅かに肌寒いかなと感じる程度であれば、セノにしてみれば震えるほどだろう。
「もうちょっとだけ我慢して。温度を上げてるから」
 約束もなくティナリを訪ねてきたセノを迎え入れたはいいが、当然室温はティナリに合わせていたため、セノにとっては寒いはずだ。よりによって、今日のスメールはいつもよりも気温が低い。既に一度、寒さを和らげるよう火鉢を彼に近づけたがそれでは足りないらしい。もちろん火鉢では室温は上がらないし、温めるのにも限界はあるのだが。
「すまない」
 セノは頷きながら申し訳なさそうに呟くが、寒いと感じたままそれを伝えてもらえず、風邪を引かれる方がよっぽど困るし、何よりこの世界で一番大切な相手に、そんな些細なことも打ち明けてもらえないなんて不甲斐ないことこの上ない。
「謝らないでよ。というか、これぐらいちゃんと言ってね」
 仕方ないんだから、とそのそばを離れようとすると、くい、と手首が掴まれて動けなくなる。振り返ればいつもより幾分不安げな表情に揺れるセノが、ティナリを見上げていた。
 これは何かあったな。
「セノ?」
「……その、温めるのは後でいい。から、」
 もごもごと口籠るセノが何を求めているのか分かってしまい、ティナリはその隣に腰を下ろした。
 ふわ、と。毛布で自分と彼の体を包み込みながら。
「いいよ、僕はここにいる。こうすれば温かいしね」
 そう言ってやれば僅かに肩が重たくなる。セノが体を預けてきたのだろう。
「……ありがとう」
 安心したようにそれだけ言うと、セノは意識を手放した。すうすうと、穏やかな寝息が聞こえてくる。
 セノが事前に約束なくティナリの元を訪れるのは特段珍しくない。だがこんなふうに何かに傷ついた顔をする時――もちろんそれは他者にはなかなか見分けがつかず、そもそもセノがそんな表情をするのはティナリの前くらいなのだが――はティナリからは何も聞かず、セノが話したくなったら話を聞いてやる。多くの者から恐れられる大マハマトラ。だがその心はむしろ優しく温かく、傷つきやすい。
 セノと出会ってからティナリは冬が少し苦手になった。セノが寒さだけではない何かに震えている姿をよく見るから。
 毛布の中で、セノの固く握られた拳に手を重ねて、ティナリは呟く。
「僕はここにいるよ」