両の手の、親指と人差し指を直角に伸ばして、まるで四角く切り取るように空に腕を伸ばした。片方の目を瞑り、焦点を絞る。
風が吹くとさわさわと草木が揺れ、男にしては少し長い黒髪を揺らした。この国の空は広い。これだけの緑に囲まれながらも広大な空を眺めることは、スメールではよほど標高の高いところまで登らなければ難しいだろう。
「ティナリ」
呼ばれて振り返れば、セノが歩いてくるところだった。
「こんなところにいたのか」
「そっちこそ、わざわざ城外まで出てきて、どうかしたの?」
「ティナリを探していたんだ」
「僕?」
予想していなかった答えに、ティナリはぱちくりと二度三度瞬きをした。
「モンドに着いてから、ゆっくり二人で話せてなかっただろう?」
言いながら、セノはティナリに並んで歩き始めた。
確かに、城門で旅人や、モンドの新しい友人たちと出会ってから少し慌ただしい時間が続いていた。宿でも会話はするが、こうして自然に囲まれている方が、やはり自分たちらしい。
「どこへ行くつもりだったんだ?」
「星拾いの崖だよ」
高いところを吹く海風が耳を揺らす感覚を思い出して、ティナリは目を細めた。数日前もアルベドと共に来たが、もう一度ここの景色を見ようと思ったのだ。
「俺も同行しよう」
「分かった、一緒に行こう」
歩き始めて、ちらりと隣を見やる。同じ歩調なのは長年隣を歩いてきたからか、それとも背丈が同じくらいだからか。
「ジョークを期待しているなら、言わないぞ」
「期待してないから。でも、どうして?」
「ティナリと二人の時は必要ないだろ?」
その答えに、面食らう。
セノがダジャレを言うのは機嫌がいい時もだが、主には場の雰囲気を和ませたい時だ。ティナリと二人の時はその必要がないというのは、つまりわざわざ場の空気を和らげるような必要がないということで。
「……それ、ほかの人に言わないでよ」
「ティナリにしか言わないよ」
「自分で言い出したけど、そんな真面目に言われると恥ずかしいな……」
頬が熱を持ち、手で顔を覆う。その熱をさらっていくようにそよ風が吹き抜けた。言った本人は特に気にしていないらしいのが、またなぜだか悔しい。
歩を進めているとやがて右手に千風の神殿が見えた。専門ではないが、歴史的価値のある遺跡なのであろうことは分かる。
「そういえば、お前には言ったことがあったか? この先で、コレイの身に宿る魔神の残滓を封印したんだ」
何気なく知らされた事実に、ティナリは思わず足を止める。
「え、聞いてないけど。そうなの?」
「言っていなかったか」
そうか、とだけ呟いて、セノは先に歩き出してしまう。
確かに、ここは空に近く、空気も澄み渡っている。魔神の力の影響を受けない場所として適しているだろう。
ティナリは走って、セノを追いかけた。
「じゃあ、コレイはこの広い大地と海を、魔神の力による苦しみから解放されていちばんに見たんだね」
追い付いたそこで前を見れば、崖の先はもう目の前だ。
「そうだな」
二人の髪が海風に舞う。どちらからともなく、互いの手を取った。
「そういえば、さっき空に手を伸ばして、何をしていたんだ?」
崖の先からしばらく空と海を見たあと、セノはティナリに尋ねてきた。さっき、と言われて、セノに声をかけられた時のことを思い出す。
「モンドの空は広いなと思ってさ。スメールの雨林では、樹が高くてこんなふうには空は見えないだろ?」
なるほど、とセノが頷いた様子を見ながらティナリはふとあることを思い付いた。
「セノ、今写真機持ってる?」
「写真機? 一応持ってきたが……」
「写真、撮ろうよ」
ティナリの提案に、セノが驚きに目を見張ったのが分かった。
「珍しいな、ティナリがそんなことを言うなんて」
「僕たちのじゃなくて、この空と海と大地をだよ」
せっかくの記念だもの! ティナリとセノはモンドの風景をフォンテーヌの機械で切り取って、その心に仕舞った。