最近、そーちゃんに避けられてる気がする。
一ヶ月くらい前、俺はそーちゃんに告ろうとした。
俺はそーちゃんのことが好きで、でもそれまでは、そのことを言おうとか思わなかったし、しんどいけどそのうち消えてく気持ちだと思ってた。そもそも男同士だし、そういうのが、まだ世の中的には普通じゃないことだって思われてんのも分かってる。俺も別に、恋愛対象が男なわけじゃなくて、好きになったそーちゃんがたまたま男だったってだけの話。でも、そーちゃんはそういう「普通じゃない」こととか嫌だと思うし、許せないタイプだと思うから……言わないつもりだった。
ただ、学校で同じクラスの女子に告られたことがあって、もしかしたらそーちゃんもこんな風に告られたりすんのかなって考えたら、なんかそれはどうしようもないくらい嫌だって思った。
俺らはアイドルだから、基本的に恋愛はできない。そんでも人の気持ちは止めらんねーから、付き合ったりとかできないの分かってても伝えたかったって、俺は告ってきた子に言われた。そしたら、そーちゃんにだって言ってくる人がいないなんて限らないんだってことに気が付いた。
だから俺の気持ちをそーちゃんに知ってて欲しいって思った。伝えられたらそれで十分だった。
それなのに……
最初にそーちゃんにその話をしようとしたら、俺が真剣な顔してたからか、話を遮られた。
そーちゃんは前に、MEZZO”を解散したくないって強く言ってくれた。もしかしたら、俺が解散話をしようとしてると勘違いしたんかもしんない。
そう思ってその次は、真剣だけど、そーちゃんが好きだよって気持ちめいっぱい込めて話がしたいって言ったら困ったみたいに眉毛下げてごめんねって言った。その時は確かに収録の後で、俺らも移動の準備とかがあって忙しかったし、帰ってからでいいって言ったけど曖昧に笑って誤魔化された。
その次も、そのまた次も、何かって理由つけて逃げられた。台本のチェックをしないといけない、買い出しに行かないといけない、そんなことよりアンケートは書いたのか。
明らかに避けられてた。
このまんまじゃたぶんそーちゃん聞いてくんねーだろうなって思ったから、昨日前置きとか何もなしにそーちゃんが好きって言ったら一瞬びっくりした顔してたけど、ありがとう僕も好きだよって言われた。
正直、あの時そーちゃんは俺の好きの意味を分かった上で、わざとそれとは別の意味の好きを俺に投げ返してきたと思う。
我慢の限界だった。
なんで聞いてくんねーの。こういうの何だっけ、ふせーじつって言うんだっけ? 真面目に話そうとしてんのに逃げられんのも、分かってるくせにそれをわざとかわされんのもめちゃめちゃ気分悪い。
だから、同時に俺は思い知らされた。そーちゃんは俺とは同じ好きの気持ちじゃないんだって。
でもそんでもやっぱり、言いたかったんだ。
ねぇ、そーちゃん。聞いて。お願い。
別にさ、その先どうこうしようなんて思ってない。
キモいよな。男同士なのに。もしかしたらキモい通り越して笑われっかなぁ?
でもな、そんでもな、やっぱし聞いてほしい。
俺さ、──
最近、環くんの機嫌が悪い。
というより、僕に対して怒ってるように見える。いや、確実に怒っている。
しかも原因ははっきりしていて、悪いのは僕だから謝ればいいだけの話なのだけど、残念ながら今回に限っては僕にも譲れなかった。
一ヶ月ほど前、環くんから話があると言われた。正直、解散を切り出されるのかと思って怖くて逃げてしまった。それほどまでに環くんは真剣な表情で、とても大切な話だったのだと物語っていた。そう思い始めればきちんと話を聞かなかったことが申し訳なくて、後ろめたくて、少しだけ、環くんの視線を感じると部屋に逃げたりしていた。今考えれば、それだってかなり不誠実な態度だったと思う。
それでも一週間ほどが経ってから、また話があると環くんに言われた。ただ、その声は以前と違って明らかな熱を帯びていた。
気付いてしまった。環くんが僕に向けている感情に。
その恋情に。
それを悟った瞬間、たまらなく嬉しくなった。僕と同じ気持ちだったんだと。こんな奇跡みたいなことが本当に起こるのだと。でも同時にたまらなく悲しくなった。僕は環くんを選ぶことはできないし、環くんにも僕を選ばせてはいけない。
だって僕と歩く彼の道に未来はないから。
相方として、グループのメンバーとして共に歩むことはできても、彼の人生の伴侶になることはできない。
そう結論を出して、僕は曖昧に笑った。もともとそれは収録終わりの、移動前の楽屋での会話だったから、バタバタしていて一度断ったのだ。後でもいいと言われたけれど言葉にさせてしまったらいけないと思った。絶対に。
大事だからこそ、一番好きだからこそ、環くんの未来を守りたかった。
その後も何度も話がある、言いたいことがあると言われたけれど、どれも僕は仕事の準備があるとか、急ぐ必要もない買い物があるとかつまらない理由をつけたり、時にはアンケートは書いたのか、課題は終わったのかと話をすり替えて真面目に話を聞こうとしなかった。
ところが昨晩、突然環くんに僕が好きだと言われた。いや、だからこそ、だったのかもしれない。
世界で一番欲しくて、でも絶対に聞きたくなかった言葉。
甘くて優しいわたあめみたいな声に、心の底から愛しいと告げられていると自惚れた。
その言葉を受け入れて、その腕に抱かれ、深く口づけることができたなら、どんなに幸せだっただろう。
でも、そんなこと許されない。君の隣にいるべきは僕じゃない。
僕は環くんの言葉に込められた感情や意味を見て見ぬ振りをした。
にこりと笑って、答える。君の気持ちには応えられない。
「ありがとう。僕も環くんのこと好きだよ」
環くんの顔は、見られなかった。
幸せの在り処
コンコン
部屋の扉が外から二度、ノックされる。
「そーちゃん、俺」
いつもより少し硬い声は、まだ昨日のことが尾を引いているように感じた。
「どうぞ」
壮五とて気にしていないわけではない。でも環の前でそれを見せれば、昨日嘘をついた意味がなくなってしまう。努めていつも通りに、平静を装って返事をした。
「どうかした?」
パタンと後ろ手にドアを閉めた環は俯いて立ったまま黙っている。
「ひとまず座りなよ。ベッドどうぞ」
机に向かっていた壮五も並んで座ろうと、立ち上がってベッドの方へ向かう。
後を追うように環も壮五のベッドへ向かう。
昨日の今日だ。環が昨日の話の続きをしにきたであろうことは、環のことが好きな壮五の目には明らかだった。
「環くん?」
でも壮五は気が付かなかったのだ。ベッドに腰を下ろすまで。
「たまっ……!?」
肩を押され、ベッドに倒される。壮五の顔に大きな影が落ちる。両手を縫い付けられ、組み敷かれて見上げた先にはこの世で一番大好きなひとの歪な笑み。
「あんたさ、バカなん? 昨日俺言ったじゃん。そーちゃんのこと好きだって。昨日の今日で自分のこと好きだって言ってるやつ部屋に入れて、ベッド座れって何だよ。何されてもいーわけ?」
環の声は苛立っていた。それなのに、声とは裏腹に表情はどんどん悲しげに歪んでいく。
「待って。環くん、待って!」
「やだ待たない」
今にも泣き出しそうな顔をしているくせに、壮五がどんなに抵抗をしても環の腕も体もビクともしない。
「あんた分かってるだろ。俺の好きがどーゆー意味か、分かってるくせに昨日あんなこと言ったんだろ」
そう言われて壮五はギクリとした。
まさか、そんな。
バレていた……?
「俺が分かってないと思ってたん?」
動けなかった。
「最低だな」
追い討ちをかけるように、環は冷たい言葉を壮五へ浴びせた。
分かっている。そんなこと、環に言われるまでもなく壮五自身が一番よく分かっている。
そう考えるとむしろ落ち着いてきて、開き直ったように壮五は言葉を返す。
「……そう、だよ。分かって言ったんだ。君の言う通り、僕は最低だよ。……それなのに、そんな最低なやつに、君はどうしてこんなことをしてるんだ」
それが火に油を注ぐことだと分かっていても。
「……んなの…………そんなの! それでもあんたのことが好きだからに決まってんだろッ!!」
あるいは、そんな風に言って欲しかったのかもしれない。
「好きって、そ…………っ!?」
勢いよく口が塞がれて、続けるべき言葉が溶けていく。
柔らかい何かが強く押し付けられ、それが環の唇だと気付き、キスされているのだと理解したのは唇が離れたのとほぼ同時だった。
「な、ん……」
「はぁっ……あんた、なんで嫌がんねえの」
ひどく傷ついた顔をされた。どうして。キスしてきたのは君の方じゃないか。
「嫌がった方がよかったみたいだね」
「そうだよ…………だってそーじゃなきゃ、そーちゃん、俺のこと好きみたいじゃん……!」
言われてハッとする。そうだ、環はまだ壮五が自分と同じ気持ちだとは思っていない。それならそのままでいてほしい。
「そんなことない」
つい、声が意地っぽくなってしまう。でもそれがいけなかった。自ら墓穴を掘ったようなものだ。
「ほんとに?」
「ほんとに」
壮五は顔を背ける。このまま顔を見ていたらいつか嘘がバレてしまいそうだ。
「じゃあ好きになって」
「は……?」
思いもよらぬ言葉に、壮五はまた環を見上げる。環はもう悲しそうな瞳も苦しそうな眉もしていなかった。
「今そーちゃんが俺のこと好きじゃないんなら、これから好きになって」
「……なんで」
どうしてそんなことを言うんだ。
「俺、ほんとはそーちゃんに好きって言うつもりなかった。でも、クラスの女子に告られて、そん時言われた。付き合えなくてもいいから気持ち伝えときたかったって。気持ち、知って欲しかったって。それ言われて、俺もそーちゃんに俺の気持ち知ってほしいって思った。最初は言うだけでいいって思ってた」
でも、と環は続ける。
「でもやっぱ無理だった。好きだって思ったら思うだけ、そーちゃんにも俺のこと好きでいてほしくなった。さっき、その……ちゅー……した時、なんで嫌がんなかったの。なんであんな嬉しそうな顔したの。なぁそーちゃん、ほんとに俺のこと好きじゃねーの?」
痛かった。こんなにも環は壮五のことを好きでいてくれる。その気持ちを言葉にしてくれる。止まない好きの雨を降らせてくる。
それを受け入れたてたまらなくて、受け入れられないことが辛くて、痛い。
僕だって、君が好き好きででたまらない!!
「……ちがう」
必死に絞り出した声は、自分でも説得力のかけらもないと感じた。顔だってきっと真っ赤で、こんな顔で否定したってもう意味はないだろう。それでも、そう言わなければ環を好きだと叫んでしまいそうだった。
「んな顔で言われても説得力ねー」
頭に浮かんだのと同じことを指摘され、恥ずかしくなる。
そこでようやく、ずっとベッドに縫い付けられたままだった左手が解放され、代わりに環の右手は壮五の前髪を上げる。普段は髪に隠れている額が顔を出した。
「そーちゃん」
ちゅ、と優しく額に落とされたキスがトドメだった。
あんなに頑強に築いたはずの意志はもう耐えられなくなって、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「…………から」
解放された左の手首で目を覆う。
苦しくて声が掠れる。
「お願いだから、それ以上言わないで……!」
「そーちゃ」
「これ以上! 君のことを好きにさせないでくれ!!」
左手で作った拳をベッドに叩きつける。
自分でも恥ずかしいことを言っている自覚はあった。分かっていても、はっきり拒絶しなければきっと、環は理解してくれない。
「…………え」
環も環で、何を言われているのかきっと脳の処理が追いつかないのだろう。キョトンとして、直後、意味を理解したのだろう、みるみる耳まで真っ赤に染まる。
「は!?」
「もう十分だ。もうたくさんだ! 君の言う通りだ。僕は環くんのことが好きだ、大好きだ! だからこそ、僕は君のそばにいちゃいけないんだ!」
子どもみたいにぎゃんぎゃん声を上げて、まくし立てる。これじゃあ逆ギレだ。大人気なくて、情けなくて、涙がこぼれそうになる。
「い、意味わかんねーし! なんで好きなのに一緒にいちゃいけねえの!?」
「僕は君を幸せにできない」
今にも涙が溢れそうだった環はぴしゃりと言い放った壮五の言葉に眉をひそめる。
「……ッふざけんな!!!」
耳が痛いほどの咆哮に、空気がビリビリと震える。
「俺の幸せをあんたが勝手に決めんな!!」
ぽた。
雨が降った。
──いや違う。これは環の涙だ。
環は泣いていた。どうして、どうして君が泣くんだ。
泣きたいのはこっちの方なのに。
「俺はそーちゃんがいい! 俺は、そーちゃんが一緒にいてくれたら幸せなんだよ!! なんで分かんねえの!? なんでそんなこと言うんだよ!!」
「分かっていないのは君の方だろう!? 僕らは人の前に出る仕事をしているんだ! それなのに男同士で、一生一緒にいられるわけないだろう!? 君の幸せに僕は必要ない!」
「なら不幸でいい! 一緒にいたらそーちゃんが俺のこと不幸にするってんなら不幸にしてくれよ!」
環も壮五ももう何を言っているか分かっていなかった。頭に血が上って、感情のままに吼えて。こんなに激しい喧嘩も随分久しぶりのような気がする。
「な……自分が何を言っているか分かってるのか!?」
「分かんねえ! 分かんねーけど俺は幸せだろうが不幸だろうがそーちゃんにずっとずっと、じーさんになって死ぬまでずーっと一緒にいてほしい!!」
ぽた、ぽた。涙の雨が降り注ぐ。壮五の頬を伝って、こめかみへと流れ落ちていく。それがまるで氷のように固く冷たくなってしまっていた壮五の心を溶かしていくようだった。
不幸になってもいいなんて、君は本物の大馬鹿者らしい。それを聞いて、悲しいはずなのに嬉しい僕もよっぽど頭がおかしいらしい。
「……それなら、僕が君を世界一の不幸者にしてあげる」
自分でも驚くほど穏やかな声だった。
「その代わり、君は僕を世界一幸せにして」
傲慢な願いだった。
「環くんのことが大好き」
それなのに、環はとびきり幸せそうな笑顔を見せる。
「あんたって、ほんとバカだな」
柔らかい声が降り注ぐ。優しい色を宿した空色の瞳が近づいてきて、きゅっと抱きしめられた。
「俺が絶対に、宇宙一幸せにしてやんよ」
◇◇◇
昨日、そーちゃんと喧嘩した。
原因は王様プリンの食べ過ぎ。つーか一日三個までとか少なすぎ。でもそーちゃんも俺も譲らなくて、夜まで口を利かなかった。
昨日だけじゃなくて、そういうちまちました喧嘩はほぼ毎日して、でも毎日どっちからともなくごめんって謝る。ヤマさんとかいおりんが俺らのピリピリした空気に我慢できなくなんのか、仲直りしろって言うから謝る時もあるけど。
出会った時からそーちゃんがいる毎日は続いてんのに、あの日──そーちゃんを宇宙一幸せにするって言ったあの日から、俺は毎日幸せだった。
そーちゃんは俺らが一緒にいたら俺は不幸になるって言ってたけど、そんなん絶対嘘。だって今俺、宇宙一幸せだから。
昨日、環くんと喧嘩をしてしまった。
理由は僕が口うるさく、王様プリンを食べ過ぎだと言ってしまったこと。環くんの健康面を考えてのことだし、夜には仲直りをしたけど、そういった細かな言い争いが増えたように思う。
でも環くんがそばにいてくれると思うだけで嬉しかった。絶対なんて信じていないはずなのに、どうしてか環くんの言葉は信じられた。
こんなに幸せでいいんだろうか。そんな贅沢な不安が胸をよぎる。
だけど、それでも構わない。
だって僕は今、宇宙一の幸せ者だから。
fin.