七聖召喚。それはセノの唯一と言ってもいい趣味である。ジョークを考え、まとめておくことも趣味と呼ぶこともできなくないが、元を辿れば場を和ませるため、という目的があり、その手段のひとつとして考案したのが始まりであるため些か違和感がある。
七聖召喚は教令院が考案したカードゲームで、今やテイワット大陸全土で大流行。稲妻では七聖召喚を題材にした娯楽小説も発刊されているらしい。机上の空論ならぬ、机上で仮想の元素反応を起こして戦うというものだ。その奥深さはセノを惹きつけるのには十分だった。
セノの良き友人であるティナリは熱心なプレイヤーというわけではないが、セノに付き合うために基本的なルールを覚え、セノが持参した――そもそもティナリは自分のデッキを持っていない――デッキを使いこなせるほどだ。気まぐれにセノに付き合ってくれている程度だが元素反応を熟知し、持ち前の頭脳をもってすれば難しいことはないのだろう。いつか自前のデッキを用意して決闘してくれる日をセノは夢見ているが、その道はまだ遠そうである。
「こちらが最新のカードになりますの」
馴染みの商人を訪ね、最近新しく作られたというカードを一通り見せてもらう。
「ん?」
その中の一枚、キャラカードの中に見覚えのある姿を認める。それに気が付いたのか、商人がセールスモードに入った気配がした。だが心配は要らない。
「あらあら。さすが、お客様はお目が高いですのね。そちらのカードは今までの――」
「これはもらう」
迷いはなかった。どのようなカードであろうと使いこなしてみせよう。今までにない戦い方に挑戦してみるのも面白いかもしれない。
商人の説明も聞かぬまま購入を決めると、彼女はぱちくりとひとつふたつ瞬きをして破顔する。
「毎度ありがとうございます〜ですのっ!」
「ほかの物ももう少し見る」
ごゆっくりですの、と言うと商人はセノが即決したカードを殊更綺麗に袋に入れ始めた。余計なことを勘繰らせた気もするが、彼女がそれを知っていてセノに不利になることはないはずだ。
結局新作の支援カードを二種類と、装備カードを一種、キャラカード、それに合わせた天賦カードを購入し、その足でガンダルヴァー村に向かった。
「ティナリ」
「あ、セノ」
ガンダルヴァー村に着くとティナリは他のレンジャーたちと顔を突き合わせていた。コレイの姿もあったから村のレンジャー全体で何か話し合うことがあったのだろうか。レンジャーたちがばらばらと解散したところでティナリに声を掛けたが、その声から察するに珍しくセノに気が付いていなかったらしい。
「何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。キノコンが大量発生して、朝から対処して回ってたところ。とりあえず一段落したからみんなから報告を受けてたんだ」
ティナリはそう笑うがさすがに疲れているらしく疲弊の色が見える。
「セノこそ、今日は一日七聖召喚に時間を回せるってこの間から楽しみにしてたのにわざわざ来るなんてどうかしたの?」
ティナリの家に向かって歩きながら話を続ける。ティナリはセノが仕事モードではないことは察しているらしいが、それでもここへ来る理由が分からないといった様子だ。
「時間はあるか?」
「それは大丈夫だけど」
そこでティナリの家に着く。
先に座ってて、と言い残しティナリはカップを二つ取り出す。疲れているだろうに、こういう気遣いのできるティナリをセノは好ましく思う。
「ありがとう」
しばらくして湯気が立ったカップを二つ手に部屋へ戻ってきたティナリに礼を言い、その一つを受け取る。揃って落ち着いて座ったところで、それで? とティナリは来訪の理由を聞いてきた。
「これなんだが」
セノは買ったばかりの七聖召喚のキャラカードを取り出してティナリの前に差し出した。それに視線を落として、ティナリは何かを思い出したように大きな目を見開く。
烏羽色の髪に若草色が数房。ぴんと立った大きな耳と深い緑の大きな尻尾が印象的な、目の前に座る友人を文字通り絵に描いたようなキャラクターがカードの中で弓を構えていた。
否、まさしくこれはティナリだ。
「……すっかり忘れてた」
ティナリはぽつりと呟く。
「少し前に許可を出したんだ。君を驚かせようと思ってたのに、先を見つかっちゃったんだね」
ごそごそとティナリが取り出したカードはセノのそれとは違い動いている。幻影カードだ。
「どうして」
要領を得ない問いかけだったはずなのに、ティナリからはその質問に対しての的確な答えが返ってきた。
「どうして? うーん、特に深い意味はないけど、強いて言うならセノともっと話したかったからかな」
だが、だからといってそれをセノが一度で理解できるかは話が別だ。
「セノが楽しそうに話すことを、もっと知りたかった。確かに僕は君と対戦することはあるけど、このゲームのすべての楽しさを知っているわけじゃないからさ」
そこまで聞いてようやく、ティナリが自分のキャラカードを作る許可を出した理由がセノなのだと自覚する。なんだろう。妙にむず痒い。
「そんなわけで、さ。セノ、僕にデッキの組み方を教えてくれない?」
その申し出にセノは瞳を輝かせる。もちろんだ、と力強く頷いたその手にティナリのキャラカードを握りしめて。