「そーちゃんそれなに?」
夕食を終え、リビングで王様プリンを食べていた環はふと目に入った壮五の手を指差す。
「それ。指の色、なんかいつもと違くね?」
壮五の爪が自然な薄ピンク色でないのを見て、不思議半分、心配半分で訊いてみる。
「指? ああ、マニキュアのことかな?」
すると本を読んでいた壮五はしおりを挟み、両手を環の方へ差し出す。顔がやや得意げなのと聞き覚えのある言葉に、環は変な病気や怪我ではないことを察し、密かにほっと胸をなでおろす。
「今日の撮影で塗ってもらったんだ。綺麗な色だよね」
今日は壮五は一人で雑誌の撮影だったはずだ。そこで塗ったということだろうか。
「そーちゃんの色してんな」
薄い紫が、指に花びらを散らしたように華を添えている。壮五の、男にしては些か細すぎる、しかし骨ばった指を彩るそれは中性的な色気を放っている。環はイケナイものを見ている気分にさえなった。
「だけどすっかり忘れてたな……除光液を買いに行かないと」
「じょこうえき?」
「マニキュアを落とすためのものだよ」
「ふーん?」
聞きなれない言葉に首を傾ければ、壮五は丁寧に教えてくれる。
「別にいんじゃん? 明日そーちゃんオフだろ。焦って落とさなくても。似合ってんだしさ」
「似合ってる、かな?」
「似合ってる。そーちゃんきれーだから似合う」
すると恐らく素直に喜ぶべきか迷ったのだろう、壮五は一瞬の休符ののち、眉尻を下げてありがとうと言った。
両手の指合計十本。そのうち紫がほとんどだが、右手人差し指と左手中指だけは黒色だ。なるほど、そういう塗り方もあるのかと環は心にメモを取る。ついでに今日撮影を行ったという雑誌の購入も決めた。発売日は後でマネージャーか万理に確認しよう。
翌日、学校から帰宅してリビングを覗くが壮五の姿が見当たらない。自室にいるのだろうか。環は自分の部屋を通り過ぎ、壮五の部屋へ向かう。
「そーちゃん」
ノックもせず、環は壮五の部屋の扉を開く。
「あっ……ちょっと環くん、部屋に入る前はノックをしてくれといつも……」
「あーわりぃわりぃ、忘れてた」
相方の小言を気にも留めずおざなりな返答をする。
「いつもそうじゃないか……おかえり」
「ただいま。……ん」
呆れつつも壮五がおかえりをくれるので、環もただいまを返す。そしてそのまま、制服のスラックスのポケットから小さな紙袋を取り出して壮五へ示す。
「なんだい? それ」
机に向かっていた壮五は、環の手の中のものを確認しようと立ち上がる。
「別に大したもんじゃねーんだけど」
言い訳じみた言葉を何の為にだろう、口にしながら、目の前に立った相方の手へそれを置く。
「ふふっ、何だろう」
口元に指を当てながら、壮五はふわりと笑う。その指にはまだ紫の花が咲いている。
「……マニキュア?」
紙袋からころりと飛び出てきたのは淡いラムネ色の小さなボトル。
「そーちゃんに塗ってほしーなと思って」
壮五の手をきゅっと握る。
「でも環く」
「塗んのは一本だけ」
「一本?」
「うん。あと仕事ん時は塗ってなくてもいーし。オフん時とかだけでいーよ」
あ、でもライブん時なら塗ってても平気かな? とにいっと笑ってみせる。
釣られたように、壮五もふふっと笑う。
「じゃあ、塗ってくれるかな?」
環はその顔にくらりとする。
なんでちょっと頬染めてんだよ……!!
壮五の左手の薬指に水色の花びらが踊る。
後日、落とし忘れられたマニキュアに気付いたファンの間で物議を醸したことは言うまでもない。